大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成6年(く)6号 決定

少年 T・H(昭49.10.6生)

主文

原決定を取り消す。

本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、付添人弁護士○○作成の抗告申立書及び抗告申立理由補充書〈各省略〉記載のとおりであり、その要旨は、〈1〉原裁判官は、本件の審判において、要保護性の判断に重要な影響を及ぼす本件非行事実以外の余罪的な窃盗の非行の被害総額を、少年に対する質問とその応答のみから認定したものであるから、その手続きには、憲法38条、31条違反に準じる法令の違反がある、〈2〉原裁判官は、要保護性の判断に重要な影響を及ぼす右余罪的な窃盗の非行に関する被害感情等を十分な資料もなしに認定した点で、また、少年の社会資源である伯父Aの存在を考慮に入れていない少年鑑別所の鑑別結果を重視したため、右社会資源についての正確な認識を欠いたまま少年の要保護性を判断した点で、原決定には重大な事実の誤認がある、〈3〉原裁判官は、少年の右社会資源の存在並びに試験観察相当の家裁調査官の意見及び保護観察継続相当の保護観察所の意見等をあえて無視して少年を中等少年院に送致したもので、その処分は著しく不当である、というものである。

そこで、記録を調査して検討する。

まず、〈1〉〈2〉の法令の違反及び事実の誤認をいう点は、本件の決定書及び審判調書によっても、原裁判官が、本件非行事実以外の余罪的な窃盗の非行の被害総額や被害感情等を認定したことは認められず、また、審判調書によれば、審判には少年の伯父Aが同席し、付添人からその経営する会社の概要や監督意思の確認等がなされていることが認められるから(もっとも、家庭裁判所調査官作成の本件調査票には、利用できる資源として「母の兄が経営する甲社での稼働が可能」との記載があるだけで、その詳細な調査の記載はない。)、原裁判官が少年鑑別所の判定と同様の中等少年院送致の決定をしたからといって、社会資源としてのAに関する正確な認識を欠いていたとは断定できず、所論は、いずれもその前提を欠き、失当といわざるをえない。

ついで、〈3〉の処分の不当をいう点について考えてみると、本件非行は、Bと共謀して行ったひったくりの手口による4件の窃盗の事案であるが、少年は、幼児期から幾度となく生活環境が変わり、学校生活にも適応できず、中学入学後から急速に不良交遊を深め、平成元年4月27日、窃盗等の非行により初等少年院送致決定を受け、同年9月に少年院を仮退院し、平成2年3月に中学校を卒業して、まもなく叔父(母の弟)が経営する乙社で土木作業員として働き、平成5年2月からは叔父に紹介された金融ローン会社で稼働していたが、同年4月末に風邪で無断欠勤したことから出勤しづらくなり、以後は遊び暮らしているうち、以前から憧れていたC子と交際を始め、同年6月から同女と結婚することを前提に同棲したが、同女には運送関係の仕事をしている旨偽っていたことから、同女に渡すべき結与金等に困り、そのころから同年12月2日に逮捕されるまでの間、本件非行を含め約30回にわたり、共犯者のB少年から誘われてひったくりの手口による窃盗の非行を重ねていたものであるところ、その非行に対する反省も上滑りなもので十分な内省に基づくものとはいえず、これは少年の性格的な弱さや規範意識の低さに加えて、気弱な反面見栄っ張りな性格のため、言い訳や自己弁護が先に立つこと等に由来するものと認められ、保護者である母親は保護能力に乏しいことなどをも併せ考慮すると、社会内処遇の方法によることなく、少年を中等少年院に送致した原決定の処分も理解できなくもない。

しかしながら、少年は、前回の初等少年院の仮退院後、中学校を卒業し、叔父の経営する会社等で比較的長期間まじめに働いていたもので、今回の非行に及ぶまでの間、平成5年2月に原付の無免許運転で不処分決定を受けたことを除いては非行の発現はなく、非行性はそれほど深化していないと考えられること、今回の非行の動機には、同棲中の女性との関係を維持したいがためになされたという側面があるところ、同女は現在でも少年とは別れる意思はなく、審判にも同席しており、同女との関係が安定することにより少年の主体性や責任感が養成される余地があること、また、今後における就労先等としては、「株式会社甲社」(建設業)を経営する伯父Aが雇用を約束し、少年をその社員寮に入れて十分監督する旨誓い、少年も伯父方で就労する意思を明らかにしており、従前の就労状況等に照らし、右会社への就労は、具体的かつ有力な社会資源として評価できるものであって、これらの諸事情を考慮すると、右社会への就労の効果も試さないまま、直ちに少年を施設に収容すべき状況にあるとは認め難いというべきである。

したがって、少年に対しては、日常生活での実績をしばらく観察して社会内処遇による更生の可能性を確かめ、そのうえで最終処分を決定するのが相当であるといえるから、結局、現時点で中等少年院送致の決定を言い渡した原決定の処分は、著しく不当といわざるをえない。

よって、少年法33条2項、少年審判規則50条により、原決定を取り消し、本件を原裁判所である神戸家庭裁判所尼崎支部に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 青木暢茂 裁判官 梶田英雄 寺田幸雄)

〔参考〕 差戻し審決定(神戸家尼崎支 平6(少)177号 平6.8.16(決定)

主文

少年を神戸保護観察所の保護観察に付する。

理由

1 非行事実

司法警察員作成の平成5年12月9日付け関係書類追送書及び平成5年12月24日付け追送致書記載の各犯罪事実〈各省略〉のとおり。

2 適用法令

刑法235条、60条

3 処遇理由

少年の上記非行の態様ならびに生活環境等に鑑み、少年の健全な育成を期するためには相当期間少年を保護観察に付することが必要であると認める。

よって、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を適用して主文のとおり決定する。(裁判官 河田充規)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例